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乳牛のジレンマ

広島大学大学院統合生命科学研究科

日本型畜産・酪農技術開発センター

教授 杉野利久

 

広島大学の杉野と申します。ひょんな事からコラムの依頼があり(理由は後述しますが),読者層や読者の皆さんが携わっている仕事なども分からぬまま,さて何を書こうかと,徒然となくペンを取っております。

小職は,乳牛の飼養管理を研究しています。「そんな分野もあるのか」と思われた方もおられるかもしれませんが,「あるのです」。皆さんの食卓に上る牛乳,または乳製品(チーズにバター)は,乳牛から搾る生乳から作られています。乳牛の飼養風景と言えば?という問いで,皆さんが想像するのは広大な牧草地で白黒のホルスタイン牛が草は食んでいるところでしょうか。それは幻想です。北海道など,広大な土地があるような地方では,放牧による飼養形態もあります。それでも雪深い冬はどこで何を食べているの?など考えることありますでしょうか。と聞きながら考えることがあったら怖いですが・・・。本州以南でもそのような飼い方をしている酪農家さんも見受けられます。しかしながら,大多数の酪農家さんは,牛舎内で乳牛を飼育しています。ですので,幻想と言いますか,牛乳パックや北海道の観光番組にマインドコントロールされている感じです。

 

余談はさておき,「生命の息吹を感じる春」などという言葉があります。これは植物だけでなく,季節繁殖の動物も同じでして,秋頃に妊娠し,春先に分娩,新たな生命が誕生します。牛も大昔は季節繁殖だったかと思います。子牛を春先に産み,子牛に母乳を飲ませる。子牛の離乳とともに母乳も出なくなる。といった周期かと。これは自然だと普通の摂理です。しかし,酪農という経済活動になるとどうでしょうか。春先から生乳を搾り,冬には生乳を搾れなくなる?あるいは搾れる生乳の量が減る? そうなると,冬は商売あがったりです。ですので,先人達は周年繁殖(季節に関係なくいつでも妊娠,出産できる)できる牛をセレクトしてきました。ですので,皆さんは1年間を通していつでも美味しい(と思う人は)牛乳を,安定的に飲むことができるのです。

「ああ,めでたしめでたし」となるのですが,乳牛にも体内時計というものが存在しています。この体内時計は,日長時間をキャッチして,それに合わせて概日リズムをコントロールします。ここからが本題です。

 

牛が季節繁殖だったころ,妊娠期間中(秋〜冬)は日が短く,子牛に母乳を与えている期間(春〜夏)は日が長かったのです。この情報は,周年繁殖になった牛にもインプットされています。先にも書きましたが,周年繁殖とは,いつでも妊娠,出産できるのです。夏に出産,秋に出産でもOK。そうなると,妊娠期間中に日が長く,泌乳期間中に日が短いということも日常茶飯事になってしまいます。ですが,妊娠期間,特に妊娠末期は日が短く管理し,泌乳期間は日を長く管理してあげると,牛の能力を最大限に発揮することが出来ます。これを日長管理(ライトコントロール)といいます。

 

長くなりましたが,小職は,乳牛のライトコントロールに関する研究も隠れて(ませんが)行っています。そんな中,牛舎でも最近ではLED照明が普及し始めています。パソコン,スマホもそうですが,LEDに含まれるブルーライトをご存知でしょうか?都市伝説のように,寝る前にスマホを見ると寝付けない,パソコンを見ていると目が疲れる,これはブルーライトが原因だ!など聞いたことがあるかと思います。ですので,知ってか知らずか,スマホにはブルーライトカットフィルムを貼り,眼鏡もブルーライトカットレンズ,など人は対処しています。では牛舎のLED照明に対して牛はブルーライトカット眼鏡をかけるのか?といいますと,そういう訳にはいきません。では牛にブルーライトは悪影響を及ぼさないのか?という疑問が出てきます。一応,研究者ですので。

そこで最近5年ほど,ブルーライトの乳牛に対する影響を研究し,得られた成果を酪農現場の関係者さんにお話したりしています。農家さんから「ブルーライトの少なく,長寿命で省エネの照明は?」と質問されることがあります。ふと浮かぶのは,無電極照明でして,そう答えています。そこからコタニ株式会社さんと出会い,サポートを受け,いろいろ研究を始めることとなった次第で,そのご縁でコラムを書いております。

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